今回ご紹介する唐招提寺は、奈良時代の創建、開基は唐の名僧・鑑真(がんじん)。
現在も、鑑真の教えを守る律宗の総本山です。
なお、唐招提寺の周辺は昔の平城京の右京があった場所で、今でも「西の京」と呼ばれています。
唐招提寺は、近隣の薬師寺とともに、この西の京を代表する名所です。
唐から渡来した鑑真和上のお寺
唐招提寺の開基、鑑真和上は、中国・唐の名僧。
奈良時代、聖武天皇がちょうど東大寺を建立している頃、鑑真は仏教者に戒律を授けるために日本への渡航を試みるも5度失敗。
そして、6度目の挑戦で、失明の苦難も乗り越えてようやく日本にたどり着きました。
渡来した後は、天皇をはじめとする人々に戒律を授けた鑑真、生涯の最後を過ごしたのがこの唐招提寺でした。
その後、伽藍も整備されていった唐招提寺。現代では、奈良時代に建てられた金堂、講堂など古い建築物が今も残ります。

境内に残る古い建築物
唐招提寺には、金堂、講堂など、古くは奈良時代の建築物が残ります。
また、境内で目にする建物や仏像の多くが国宝指定。「国宝だらけ」の境内です。
金堂
入口の南大門をくぐった先、境内中央にどっしりと座る金堂。奈良時代の建築物で、国宝指定。
奈良時代の天平文化を代表する建物といえるでしょう。いにしえのお寺のお堂といえばこの形をイメージする人も多いのではないでしょうか。
屋根の大棟の左右の端に取り付けられた、大きな2つの鴟尾(しび)も特徴です。

金堂の正面には8本の太い丸柱が横一列に並び、丸柱と母屋との間は吹き抜けとなっています。
これは、ギリシャの神殿など、古代の西洋建築でも見られる構造です。
金堂の中には、数多くの仏像が安置されていますが、特に三体の大きな仏像に目がいきます。
中央に唐招提寺本尊の盧舎那仏坐像、向かって右は薬師如来立像、左は千手観音立像。三体とも全て国宝に指定されています。

講堂
金堂の真後ろにある、横に長いお堂が講堂。
この講堂は、昔の平城宮の東朝集殿を移築・改築したものです。
平城宮の遺構として残る唯一のもので大変貴重。こちらも国宝指定。

鼓楼
金堂・講堂近くにある二層の楼閣で、国宝指定。
「腰巻き」のような高欄(欄干)が巡らされた鼓楼は、金堂や講堂などの、どっしりとした仏堂とは打って変わった、個性的で軽妙なデザイン。
毎年5月19日に行われる、唐招提寺の一大行事「うちわまき」では、鼓楼の上からハート型のうちわ(宝扇)がまかれます。

経蔵・宝蔵
お経や書物を保管する経蔵と、宝物などを保管する宝蔵。ともに国宝指定。
経蔵と宝蔵は、校倉造り(あぜくらづくり)の高床式倉庫です。断面三角形の木材をうまく組み上げて作られています。
校倉造りといえば、東大寺の倉庫であった正倉院が有名ですが、唐招提寺の経蔵・宝蔵も校倉造りの代表例です。

その他の境内見どころ
金堂や講堂、鼓楼などの古い建物に目を奪われがちですが、唐招提寺の境内には他にも見どころあり。
次のようなスポットにも訪れながら境内を一巡りしてみましょう。
戒壇
その昔、出家して仏教徒になるためには、戒律を受け入れる「受戒」という儀式を通過する必要がありました。
そもそも、中国(唐)から鑑真和上がはるばる日本にやってきた目的は、日本の人々に戒律を授けるためでした。
この受戒の儀式を行う場所が戒壇(かいだん)です。
日本で最初に戒壇が作られたのは東大寺ですが、鑑真の唐招提寺にも戒壇は存在しました。
現在の唐招提寺の境内には、昔の戒壇の跡が残ります。

鑑真和上御廟
唐招提寺の祖、鑑真和上の墓所です。金堂や講堂などが立つ唐招提寺の中心部からは少し離れたところにあります。
杉林を通り抜け、鯉が泳ぐ池を渡った先が、鑑真和上が眠る静寂な空間。御廟に立つ石塔の前でそっとお手を合わせましょう。

新宝蔵
唐招提寺の宝物館。期間限定で一般に公開されています。
仏像を中心に、唐招提寺が所有する文化財が収蔵されています。
注目は、平成の解体修理の際に金堂屋根から取り外されてここに保管されている、左右2つの鴟尾。
鴟尾は2つとも国宝指定。特に、屋根西側にあった鴟尾は奈良時代創建時のものです。

唐招提寺の基本情報
住所:奈良市五条町13-46
拝観時間:8:30~17:00(受付は16:30まで)
拝観料:大人・大学生1000円 高中生400円 小学生200円
アクセス:(近鉄橿原線)西ノ京駅から徒歩10分
駐車場:有
ホームページ:唐招提寺