豊国神社|太閤・豊臣秀吉を祀る、出世開運の神さま(京都名所巡り)

豊国神社 神社(京都)

京都・東山七条の周辺は、その昔、豊臣秀吉が創建した大寺院、方広寺(ほうこうじ)があった場所です。

周辺には、今も、太閤秀吉ゆかりの名所旧跡が残ります。

その1つが、豊臣秀吉を祀る豊国神社(とよくにじんじゃ)。

江戸時代には、徳川幕府によって廃絶されましたが、明治維新後に、明治天皇の勅命で再興されました。

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豊国神社の見どころ

現在の豊国神社の社殿は、昔の方広寺大仏殿が存在した場所に建てられています。

この神社で特に有名なのは、正面に立つ国宝の唐門。

また、神社の貴重な宝物が収蔵された宝物館もあり、一般に公開されています。

豊国神社

唐門

神社入口の石鳥居をくぐった正面に、格式の高さを感じさせる立派な門が見えます。

これが、豊国神社の唐門。

伏見城の遺構と伝えられる門で、国宝に指定されています。

西本願寺の唐門、大徳寺の唐門とともに、京都の国宝三唐門とも呼ばれます。

二条城、南禅寺塔頭・金地院を経て、明治時代に豊国神社に移築されました。

唐門

門の上部には「豊国大明神」と書かれた扁額。

扉など門の各部に精巧な装飾が施された美しい門。桃山時代を代表する名建築です。

唐門から社殿を眺める

宝物館

豊国神社が保有する宝物の収蔵庫。一般に公開されており、館内では秀吉ゆかりの品々が展示されています。

特に注目は、「豊國大明神臨時祭礼図」(桃山時代、国重要文化財)。

神社の祭礼を描いた絵図ですが、当時の京都の町の様子もよくわかり、資料としても一級品です。

出世の神さまとひょうたん

さて、豊臣秀吉といえば、裸一貫で織田信長に仕え、苦労しながらも実績を積み上げて出世、最終的には天下人にまでなった人物。

その秀吉公を祀る豊国神社は、出世開運の神さまとして知られています。学業・ビジネスで成功をつかみ取りたい方、上昇志向の方はぜひ参拝を。

また、神社のあちこちでみかける「ひょうたん」。

ひょうたんは、信長配下時代の秀吉の馬印、いわば、秀吉公のシンボルマークです。もちろん、絵馬もひょうたんです。

ひょうたん絵馬

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太閤ゆかりのスポット巡り

神社の周辺には、他にも太閤秀吉ゆかりの名所旧跡が残ります。

豊国神社参拝の折りには、次のようなスポットにも訪れてみましょう。

方広寺

豊国神社のすぐ北にある方広寺は、豊臣秀吉により創建されたお寺。

秀吉の全盛時には、現在の三十三間堂や京都国立博物館の敷地をも含む大寺院で、境内には大仏(東山大仏)までありました。

現在は本堂と鐘楼が残るこぢんまりとしたお寺ですが、その中でも、鐘楼に掛けられている梵鐘(国重要文化財)は歴史的にも有名。

鐘の上の方に刻まれているのは、「国家安康」「君臣豊楽」の8文字。

徳川家康が難癖をつけ、大坂の陣勃発・豊臣家滅亡の発端となった、曰く付きの文字です。

方広寺鐘楼と梵鐘

耳塚

豊国神社の西に、耳塚(鼻塚)と呼ばれる石塔が残ります。

ここには、朝鮮出兵(文禄・慶長の役)で、兵士たちが、現地の人たちの耳や鼻を削いで戦功として持ち帰った耳や鼻が葬られています。

秀吉晩年の負の側面を感じさせる史跡の1つです。

耳塚

豊国廟

豊臣秀吉の墓所。東方にそびえる東山三十六峰の1つ、阿弥陀ヶ峰の山頂にあります。

麓から続く、500段以上の石段を上った先に、大きな五輪塔が建てられています。

豊国廟|東の山から京を見下ろす太閤秀吉のお墓(京都名所巡り)
京都市東山区の豊国廟をご紹介。東山三十六峰の1つ、阿弥陀ヶ峰にある、太閤豊臣秀吉の墓所です。明治時代の再建。秀吉を祀る豊国神社の東、麓から続く長い石段の参道を上り終えた先に、大きな五輪塔が立っています。
豊国廟

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豊国神社の基本情報

住所:京都市東山区大和大路正面茶屋町530

境内:参拝自由(宝物館は有料)

宝物館:9:00~17:00(受付終了16:30) 大人・高大生500円 小中生300円 

アクセス:
(京阪)七条駅から徒歩10分
(市バス利用)京都駅などからバス乗車、博物館三十三間堂前下車 徒歩5分

ホームページ:豊国神社

豊国神社地図